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Jugoslovenska škole

私淑するものとして ヴァルダル川からトリグラウ山まで 

パルティザン部隊による濫觴 /パルティザン・ベオグラードとドラガン・マンツェ

セルビア
伝統と権威あるセルビアパルチザン・ベオグラード民族主義政党クロアチア民主同盟(HDZ)を結成し、初代クロアチア大統領になり、サッカーを最大限に政治利用した、若き日のフラニョ・トゥジマンが、怜悧な革命家で、のちに多民族国家ユーゴスラビアの再統一を果たした、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国初代大統領ヨシプ・ブロズ・チトーを最高司令官とするユーゴスラビア人民解放軍およびパルチザン部隊で活躍した際、会長を務め骨子を決めたという隅に追いやりたい、または、最後のユーゴスラビア代表監督イビツァ・オシムが、政治の毒、不穏な民族主義、政治的な扇動、民族間の憎悪と敢然と闘いながら、兼務した歴史などを持つ―そのパルティザンのサポーター、グロバリGrobariにとって、31年が経った今日でも、ドラガン・マンツェの美しき記憶は決して色褪せることはない。

 それどころか、逐年その伝説、巨大な意志、献身、深甚な愛情や感情、特別な感覚―わずか22歳で、悲劇が訪れた悲しき日まで、既に279試合174得点を上げ、グロバリにとって、スティエパン・ボベク、ミラン・ガリッチ、ミロシュ・ミルティノヴィッチ、ズラトコ・チャイコフスキー、ブランコ・ゼベツ、モムチロ・ヴコティッチ、ハフルディン・ユスフィ、ミルティン・ショシキッチ、ベリボル・バソビッチ、イヴァン・チュルコヴィッチ、ブラゴイェ・パウノヴィッチ、ペタール・ボロタ、プレドラグ・ミヤトヴィッチなど数々の巨匠の中でも最も敬愛される選手となる―は、次の世代に広がり続け、スタディオン・JNA近くの路傍や南側のスタンドでは、今でもその名前を歌い踊り夢路を辿る。

 パルティザンの伝説が生まれた街ゼムンに、再び運命の女神が未来を約束し生まれ落としたドゥシャン・ヴラホヴィッチ。

 旧ユーゴの人々は、グロバリが永久欠番にするように懇願する背番号9を、16歳24日の歴代最年少で背負い、ツルノ・ベリの将来を双肩に担う姿に、伝説的人物ドラガン・マンツェを重ね合せる。

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