Jugoslovenska škola

私淑するものとして ヴァルダル川からトリグラウ山まで ユーゴスラヴィア プラーヴィ

コソボ代表 /イブラヒム・ルゴヴァの所産

泥沼化した民族紛争から旧ユーゴ解体・消滅後も、動乱の時代を生き、忍従し、国際社会に認められてないコソヴォが、遂にUEFAFIFAの加盟国として認められ、大きな1歩を踏み出し、スタジアムに政治を持ち込む。
  コソヴォにとって、歴史的最初の国際試合の対戦相手であり、シェフキ・クチが先駆をなしたフィンランド代表で地位を築き、紛争で親族の多くを亡くしたペルパリム・ヘテマイは、特殊な状況に憂悶する中、祖国とは戦わないことを選択。ダルダナトは、他の6カ国の代表チームに選ばれている俊秀な24人のシプタルの帰還を待っている。 しかし、筋道の立たないFIFAは、その中でも祖国のドレスを纏って戦いたいサラエボ出身のヴラディミル・ペトコヴィッチが牽引するスイス代表のシャチリ、ジャカ、ベーラミ、タラシャイの4人のシプタルを認めない。 そこで、ユーゴスラヴィア人民軍の徴兵を逃れるため姓を変えた過去を持つブニャクと片腕のトルド・グリップは、16歳のラビノット・カバシなどを加え、明日のために尽くす。 独立への隘路を駆けるヴォクリとダルダニア人に成功と幸運を。

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